「人たらし」の雑誌編集長が隠し持つ牙とは

『騙し絵の牙』 塩田 武士 著 角川文庫

あらすじ

大手出版社、薫風社で雑誌「トリニティ」の編集長を務める速水輝也。類い稀なユーモアセンスを持ち、ウィットに溢れた会話で周囲を魅了する男。そんな速水は、ある夜、上司から雑誌廃刊の可能性を匂わされ、対応に奔走するが、事態は思わぬ方向へと流れていき…。社内抗争や作家との確執、企業タイアップなど、出版業界をめぐる問題をめぐり、速水が見せる「牙」とは。

作品は大泉洋を「あてがき」したもの

俳優、大泉洋をイメージして描かれた本作品。大泉さんの顔と話し方を想像しながら読むと、よりいっそうリアリティが高まり、楽しめるのでオススメです。なお2020年6月公開予定で映画化され、大泉さんが主演なのだとか。その愉快な話術に定評のある大泉さんですが、演技力においてもコメディからシリアスまで難なくこなす優れた俳優さんです。作品そのままだ!という感動を与えてくれるのか、ここは違うのね、という驚きや発見を与えてくれるのか。何れにしても映画の公開が楽しみです。

速水の人となりと仕事ぶり

速水は雑誌「トリニティ」の編集長として、日々雑誌作りに取り組んでいます。人の懐にスルッと入っていく技術、失礼にならないギリギリの線で飛ばすジョーク、会話のセンスなど、とても魅力的で愛嬌のある「人たらし」な人物です。物語では、出版業界、雑誌や書籍の制作・販売の現状などがリアリティを持って描かれています。「トリニティ」も出版不況の煽りを受け、上司である出版局長から廃刊を匂わされます。そこで、速水はこれまで陰ながら交流を続けてきた大物作家に連載小説を書いて欲しい、と依頼したり、ドラマ化を目指してテレビ局の人間と交渉したりと雑誌売り上げのために奔走します。

速水のすごいところは、「全方位における抜け目ない気遣い」。関わりを持った作家には、自分が別の部署へ異動し、作家との関係性がなくなった後も、作家が必要としている資料を送り、細かなフォローを続けたり、新人作家には話を聞いてあげたりとマメに面倒を見ています。出版に関わる仕事というのは、作家さんに気を使って原稿をもらうのはもちろんですが、それ以上に他誌(他書籍)の売り上げ分析、市場のニーズの把握、関わる作品が世の中で評判になるタイミングを抑え、販売に繋げるなど実に網の目のように広がっていて、多彩なものです。

これらに加え、編集長は部下の仕事の采配や人間関係のフォロー、上司との交渉なども入ってくるので大変です。これじゃ家に帰る暇もないというのも頷ける話です。

速水のピンチと大手出版社の腹黒さ

薫風社が出している文芸誌『小説薫風』が廃刊となり、社内に衝撃が走ります。歴史があり、多くの作家をこの世に生み出してきた雑誌でさえも売り上げが出ない、ということで廃刊となってしまうのです。出版社側が新たな才能を持った作家を育む場所を放棄した、ということでもあります。大事に育ててきた小説というジャンルをも切ろうとしている非情な会社と闘う速水。でもその戦い方は彼ならでは、というところ。相手の出方を伺いつつ薄氷を踏むようなやり取りに、思わず手に汗握ります。

まとめ

出版業界を取り巻く現状はとても厳しい者です。小説や雑誌などの印刷物を世に送り出すこと自体が大変なのに、そこで相手より一歩出ようとする戦いは、互いの尻尾を斬り合っているような虚しさも感じさせます。紙の本が売れな時代、良質なコンテンツは全てデジタル化してしまって良いのか。物語を紡ぎ出す者、その才能を見出し世に送る者たちに未来はあるのか。そんな思いを胸に抱えた速水がどのように変貌を遂げるのか。驚愕のラストにその答えが見えてくるのです。出版界のお仕事小説であり、ヒューマンドラマであり、謎を持つ速水の人間性がミステリでもある、読みがいのある物語です。読んだ後には「みんな!本屋さんで紙の本を買おう!!」と叫びたくなること間違いなし、です。

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