一人の男の絶望と再生の物語

『近いはずの人』  小野寺 史宜 著  講談社文庫

あらすじ

同じ歳の妻が、三十二歳の若さで死んだ。友達と行くと言って出かけた旅行先で、一人でタクシーに乗っていたところ、車ごとガードレールを突き破って落ちたのだ。夫である俊秀は、残された妻の携帯番号の暗証番号を、「0000」から順番に入力していたある日、とうとうロックが解除された。そこに残されていたのは、何者かとのメールのやりとり。夫の自分が知らない妻の姿が、そのメールにはあった。

妻が交通事故で帰らぬ人に

食品メーカーの営業を務める俊秀。数ヶ月前、妻を事故で亡くしました。友人と旅行へ行くと言って出かけた妻の絵美。妻と同じ会社に勤めていて、絵美の友人であった若菜さんは、妻とは旅行に行っていない、と言います。妻はいったい、誰と出かけたのか。そしてなぜ自分は絵美に「誰と行くのか」と一言聞くことができなかったのか。

俊秀という人間

あまりグイグイ行くタイプではない俊秀。ガツガツしていないところが好き、と言ってくれた絵美。しかし、絵美が流産してしまった時から、二人の間に漂う空気が変わります。俊秀は絵美に気を使い、あまり深く彼女に立ち入ろうとしなくなったのです。それでもケンカするでもなく、夫婦関係はうまくいっていると思っていたのです。少なくとも俊秀は。

妻の死後は空虚な生活が続く

絵美がいなくなってから毎日ビールを飲み、自社の製品であるカップラーメンを1個食べる。明らかに不健康な生活を送っている俊秀。会社ではミスをして上司や取引先から叱責されます。実は俊秀のミスではないかもしれないのですが、相手の思惑があってのことだから、自分が謝ればいい、と考え上司に訴えることすらしません。物分かりがいいと言えるのかもしれませんが、物事に深く立ち入らない、距離を置いている状況なのかもしれません。

妻の携帯に残されていたメール

妻の携帯に入っていたメールは、会おうとしている温泉宿に「これから行きます」という相手からのものと「待ってます」という絵美のもの。そして、絵美は自分のことを「エミリン」と言い、相手もそう呼んでいました。自分とのやりとりの中では一切なかったし、聞いたこともなかった呼び方です。絵美は浮気をしていたのか?再び思考はぐるぐると回り、酒の量が増えていく俊秀でした。

メールの相手と話して気づいたこと

しかし、ふとした機会から、絵美のメールの相手が判明します。その男性と会った俊秀は、彼から衝撃的な言葉を受けるのです。自分が気付けなかった絵美の一面。気付けなかったのではなく、気づこうとしなかった。彼女に踏み込んで行こうとしなかった自分に気づかされるのです。それは妻に限らず、仕事や絵美の実家の家族、自分の実家の家族など全てに対して同じだったのだと。

まとめ

絵美が死んだことで、俊秀に対して膜のようなものができ、彼に対して皆が距離を置きました。それは、俊秀が感じていただけで、実は自らがそのような膜を作り出し、周囲からの都合の悪い情報や状況をシャットアウトしようとしていたのかもしれません。

それは絵美を失って傷ついた自分を防御するためのものだったのでしょう。自分の悪い面もある。絵美の悪い面もあったかもしれない。それでも、自分は妻を、絵美を愛していた。そのことを強く感じたのです。彼女はもう隣にはいないけれど、その思いが明日へと目を向ける力となるのでした。愛していたことは間違いないのだ、という思いが、俊秀を囲っていた膜を破り、一歩ずつ外へと足を踏み出すのです。一人の男の絶望と再生の物語です。

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