家族が、日々の食卓が愛おしく感じられる物語

『母さんは料理がへたすぎる』 白石睦月(著)ポプラ社

あらすじ

一家の食卓を切りもりする山田龍一郎は高校一年生。母親の琴子、三つ子の妹・蛍、透、渉との五人家族。父親は三年前に事故で亡くなった。料理を作るのは好きだし、会社で働く母に代わって妹たちの世話もしているけれど…。家族それぞれが、悩んだり助けられたりしながら、今日という日を刻んでいく。

日々忙しく日常を送る龍一郎の生活

フルタイムで働く母親・琴子を支えて日々の家事をしてくれていた父親が亡くなって三年。家族の食事や三つ子の弁当を作り、世話をする龍一郎は、その料理の腕前を家庭科の授業でうっかり披露したために学校では「シェフ」というあだ名がついています。いつもは家事と妹たちの世話で飛ぶように時間が過ぎていくのですが、ある時、文化祭の準備のため、母親の了解を得て、学校の家庭科室でゆっくりと料理に時間をかけます。

意識を失った夢の中で出会ったのは

そんな時間は久しぶりだ、などと考えていたら母親から電話が。妹のお迎えを忘れていたことを思い出します。そして、そんな時に限って妹の一人が熱を出していたことも知らされ…。数日後龍一郎は学校の階段を踏み外し、気を失ってしまいます。すると夢の中に、亡くなった父親が現れるのです。

龍一郎の現状の自覚と、それからの日常

朝晩の食事作り、年長の三つ子の世話、家事全般を一手に引き受けるのは、高校一年生男子には大変なことです。というか、大人でも大変。それを、弱音を吐くことなくやってきた龍一郎が疲れてしまうのも無理はありません。彼も一人の高校生であり、学校生活もあります。家のことをイヤイヤやってきたわけではないけれど、立ち止まる時間がなかったから、疲れていることに気がつかなかったのかもしれません。

家に戻れば、反省した姿の母親、いつも通り龍一郎によじ登ってくる三つ子たち。彼女たちに食事を作り、そしてまた今日という日を送るのです。

物語の構成と家族の様子

物語は家族それぞれが主人公となり一話ずつ進んでいきます。三つ子の目線、母親の思いなどがとてもナチュラルに描かれ、登場人物たちが自由に動き、考え、発言していることが感じられます。

家事全般が不得意な母・琴子

タイトルにあるように、母親の琴子は料理がへたです。トースターでパン一枚を焼くにしても焦がしてしまうほど。しかし、仕事については有能で、課長に昇進し、一家の大黒柱として朝から晩まで忙しく働いています。食事や三つ子の世話では龍一郎に頼りっぱなし。

可愛さと健気さにグッとくる三つ子たち

一方三つ子は、それぞれに性格が異なります。活発で運動が得意な透、ませていて毒舌な蛍、おおらかでよく寝る渉。四人は、父親を亡くしてからの時間を、それぞれの立場で、それぞれの思いを抱えながら生きています。母親を心配したり、自分以外の家族を心配させてしまったり、自分の自信を失ったり取り戻したり。

龍一郎にとっての料理とは

悩んでも笑っても、いつも食卓に上がるのは龍太郎の作った料理です。エプロンを身につけ、彼が作るのは野菜がクタクタになったスープ、鰆の西京味噌焼き、ほうれん草入り卵焼き…。家族の笑顔が浮かんで来るような「おうちのご飯」です。

料理を作る道を目指したいと考えている龍一郎ですが、どのような料理を、なんのために作るのか、といった「目的」がわからないことで悩みます。高校卒業後、料理の学校には行きたいけれど、その後どうしたら良いのかが分からない。そのことが恥ずかしくて、進路が決まっていない友人を貶めてしまうような発言までしてしまい、自己嫌悪に陥ります。

やがて「人の笑顔が見たい」から料理を作る、という目的がはっきりとわかった龍一郎。何になりたいかではなく、どうありたいかを理解した彼は、未来に向けて大きな一歩を踏み出していきます。そして、家族たちもそれぞれに未来に向かって、一歩ずつ進んでいくのです。

まとめ

家族が誰かのことを思って作る料理、思いのこもった料理を食べること。それは、自分の体を作り、動かすための力になるとともに、悩みや問題にぶつかった時に、足を踏ん張る力にもなります。家族間の暖かい目線や、湯気の上がる食卓。そんな情景が浮かぶと明日も頑張ろうという気持ちが湧いてくるのです。家族が、日々の食卓がとても愛おしく感じられる物語です。

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