その大きな流れの中で自我を持ち続けることができるか

『R帝国』   中村 文則 (著)  中公文庫

あらすじ

朝起きるとB国との戦争がはじまっていた。しかし、R帝国のソーマ市に、B国ではなく、なぜかY宗国の軍隊が現れ攻撃をはじめたのだ。国家を支配する絶対的な存在である『党』と、謎の組織『L』。彼らは戦争に、そして国の運営にどう関わっているのか。物語が行き着く世界の真実とは。

近未来の島国。それは某国のような…

近未来の島国・R帝国。人は常にHP(ヒューマン・フォン)の画面を見つめています。人工知能を搭載したこのスマホは、持ち主に語りかけ、必要とする情報を提供します。

そのAIは喋り方や性格なども設定でき、SNSへのリプライなども、持ち主が設定したキャラクターによって(明るい、前向きなど)、それに見合う害のないコメントを自動的に流してくれます。

R帝国の状況

この国の8割は貧困層です。その中でもさらに数段階に分かれ、最下層は異国から来た移民たち。常に下を見て、自分たちはまだマシなのだ、と思えるような構造になっているのですが、江戸時代などの身分制度に通じるところがありますね。

そして、国は『党』と呼ばれる、実質独裁政権です。野党もいますが、その議席数も調整されているという、形ばかりの民主主義。こうした政治に、国民からの不満も起こりそうなものですが、政府には『サポーター』がいて、そのような書き込みなどに対してたちどころに打ち消すようなコメントを残していくメンバーが一定数います。

報道ももちろんコントロールされており、こうなると流れてくる情報について、どれが本物なのか、何を信じて良いのか分からなくてなってきます。

思考停止する国民たち

完全に国民をコントロールしている、近未来国家の政府の恐ろしさという面もありますが、それよりも恐ろしいのは、完全に従順化している国民の姿です。

戦争が始まった。何かがおかしい。政府が情報を流す。反発するコメント、支持するコメントが流れる。納得。そういうものなのだ。思考停止…。

コントロールされなかった者たちの叛逆

この流れがデフォルトになっているところに、なんとも恐怖を感じます。この物語に出て来る登場人物たちは、そうした思考停止に陥らなかった二人の男性と、政府のコントロールに反発する一人の女性が主人公となります。

一人は始まった戦争に巻き込まれ、敵国の兵士である一人の女性を助けます。もう一人は野党の代表の秘書をする男性で、『党』に移るよう、半ば強制を受けます。

最後の女性は、政府に反発する組織『L』の人間で、政府がどのように画策し、戦争を起こしたり、国民をコントロールしているかを暴こうと機会を伺っています。

彼らは自分の考えで行動し、おかしいと思う状況について反発していきます。言葉にすることが困難であったとしても『なんか変だ』というモヤモヤした気持ちを持ち続けることができている。つまり、HPや情報に取り込まれない自我を持っているのです。

近未来の、殺伐とした、快適で息苦しい世界

近未来ということで、テロや戦争には無人戦闘機が登場するシーンも。その攻撃シーンはリアルで、人がコントロールする無人の機械が人を殺すという、なんとも言えず殺伐とした空気が漂います。

また、通信状況が格段に上がり、どこにいても会話や行動が筒抜けとなってしまうため、常に見張られているような息苦しさも感じます。個人の行動など、調べようと思えば簡単にできる、ということですね。

政府のえげつない方法の数々

そんな世の中では、何か叩かれるような発言などをした日には、あっという間に攻撃され、社会で生きていけなくなる状況に陥ってしまうこともあります。

政府から目をつけられると、意図的にそうした方向に持ち込まれるという、恐ろしい事実も。それだけでなく、そこから先の救済方法も用意されていることもあり、しかもその内容がキツイ。『生きている』ってどういうことなのだ、と考えてしまいます。

まとめ

完全に制度を整えられて、国にコントロールされきっている。そんな中で、自分の考えを持っていられるか、自分を失わずに生きていけるのか。

こうした、国民をコントロールするような国を作らないようにするには、そんな自我を持った人間が育っていかないといけないのではないか。そんな風に思う物語です。

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