『お師匠さま、整いました』 泉ゆたか 著 講談社文庫
あらすじ
学者であり、寺子屋の師匠であった夫の亡き後、跡を継ぎ、寺子屋で子供たちを指導する桃。ある日、すでに大人でありながら学問を学び直したいという女、春が訪ねてきた。桃は春を見ているうちに、その隠れた才能に驚き、魅せられていく。一方、豊かな商家の娘で生意気盛り、寺子屋で一番優秀な鈴は、春にライバル心を燃やし何かと優位に立とうとして…。
寺子屋ってどんなところ?
江戸時代の、町中の子供たちが集まる寺子屋での物語。女師匠である桃は、十五の時に年上の算術家、上野清道のもとへ嫁ぎました。生まれた環境は決して恵まれてはいなかった桃ですが、年上の夫にとても可愛がられた日々を八年送り、清道はこの世を去りました。その清道の跡を継ぎ、寺子屋の師匠を勤めることになった桃。算術を熱心に学んだことはないのですが、寺子屋に来る子供たちに教えるような基本的なことは難しい知識は求められないので何とかなっていたようです。行儀見習いや、家の商売などに使う実践的な学問を主に教えていました。
朴訥とした天才、春の登場
そんな桃のもとへ、春という名の一人の女性がやってきます。がっしりとした体格、日に焼けて丈夫そうな見た目の春は、両親を亡くし、小田原からやってきて、一から学び直したい、と言います。身寄りがないこともあり、寺に住み込みながら、寺子屋で子供たちと一緒に学ぶことになった春。ところが春は、算術の計算をアレンジするなど、ちょっとしたセンスを見せます。春本人は「ずるをした」と明るく笑いますが、計算をより早く、便利にすることをサッとできるのはすごいことですよね。
ライバル、鈴の心中は
そんな春の存在を面白くないと感じているのが、努力家であり才能もある九歳の少女、鈴。自己顕示欲が強く生意気で、時には師匠の桃のことさえ見下しているのではないかと思うような発言すらする跳ねっ返りです。桃に対して自分を褒めろ、もっと高く評価しろと迫り、春にはライバル心むき出しで向かっていく、ちょっと扱いに困るタイプの女の子です。
師匠である桃の人物像
師匠である桃は、春の才能を見極め、鈴の性格を理解した上で状況をうまくコントロールしているようなのですが、実はそうでもないのです。夫に可愛がられ、子供たちには師匠と崇められ、プライドが高く、きちんと学問に向き合おうとしない自分を認められない。貧しい女が学問を究めたところで何も得るものはないのだから、上を目指す必要はない。生意気な教え子の鼻をへし折ってやりたい。…とまあ、師匠にあるまじき未熟者ぶりです。表に出る態度としては、もちろん師匠として立派なものなのですが。それが師匠としての擬態のようになっているのかもしれません。
桃の内面の変化
そんな桃ですが、ひたむきに算術に取り組む春の姿を見るうちに、自分を大きく見せようという利己的な部分がなくなり、彼女の才能を伸ばしてあげたい、と考えるようになります。そこからは自分のことばかり考えていた桃が、次第に外側へと目を向けていくようになってくるのです。擬態ではなく、心からひとりひとりの子供のことを考え、そればかりではなく、自分のそばにいて優しく見守っていてくれた大人たちへの感謝を感じるようになる桃。彼女が次第に変化していく様子は、立派に独り立ちしていく若者のようで、「頑張ったね」と声をかけてあげたくなります。
まとめ
それぞれが胸に思いを抱えて算術に励んでいく。数字と取り組むことで、頭の中の雑念が去り、頭の中に光が射す。そうして無心に取り組むことで、それまでの自分を振り返る心のスペースができるのかもしれません。弱い自分を認めるのは辛いもの。でも、そうした辛さや痛みを乗り越えてこそ、人の気持ちを思い寄り添えるような強さと優しさを持てるのかもしれません。
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