そいつはいつまでもあなたを追い続ける。ストーカーの恐怖を描く物語。

好きになった相手をとことん追いかけ、追い詰めるストーカー。追いかけられる側は、こちらから相手が見えない不安と、これからどのような事が起きるのかといった恐怖に苛まれる日々。ストーカーの心理やその行動はどのような経緯で起こるのか、被害者はなぜストーキングされるようになってしまったのか。今回ご紹介する物語たちは、様々なパターンのストーカーとその被害者たちを描いたものです。サスペンス、ミステリー、文学などのジャンルから、その歪んだ愛という形の『執着』を見る事ができます。

他人も、自分も信じられない恐怖の中で真実を見つけ出すミステリー

『ケイトが恐れるすべて』 ピーター・スワンソン (著) 創元推理文庫

ロンドンに住むケイトは、又従兄のコービンと住居を交換し、半年間ボストンのアパートメントで暮らすことに。しかし新居に到着した翌日、隣室の女性の死体が発見されます。殺された女性はコービンと付き合っていたが周囲には秘密にしていたと、女性の友人である男性や、同じアパートの住人らはケイトに言うのですが。隣室で殺害された女性の事が気になるケイトは、コービンの部屋を探り、彼が殺人に関係しているのかを探りはじめます。やがて彼女の身の回りに、少しずつ、ほんのわずかな違和感を日常生活の中から感じるようになり…。謎が謎を呼ぶミステリー。殺害された女性が、交際を公にしてもらえなかった理由、そして彼女を執拗に見ていた男性など、怪しい状況が次々と訪れ、誰が犯人であってもおかしくありません。そう、不安障害を抱えるケイトさえも。見えない手が少しずつ忍び寄ってくるような不気味さと恐怖、そして最後まで犯人がわからない見事な構成に思わず唸るミステリーです。

その愛から逃れられない、悲しく、切ない物語

『恋愛中毒』 山本 文緒 (著) 角川文庫

夫と離婚し、弁当屋でアルバイトをしながら一人で暮らしていた32歳の水無月。タレントであり、作家でもある創路功二郎が弁当屋の客として訪れた時から、止まっていた水無月の時間が再び動き出します。バイトをしていた弁当屋で働いていたところを創路に気に入られ、弁当屋をやめて彼の愛人兼運転手として働くことになった水無月。自由奔放で依存心たっぷりの創路に、固く閉ざされていた水無月の心は次第に柔らかくときほぐされていきます。そして、眠っていたある感情も呼び起こされてしまうのです。相手のことを好きになりすぎないよう、必死に心のブレーキをかける水無月は、恋愛に臆病なように見えて、実は抑えの効かない自分への恐れでもあるのです。創路もだらしのない男で、どうしてこんな男を、と水無月本人も、読者も思うのですが、その思いを止める事ができないのは中毒症状と言えるのかもしれません。彼女の心の動きと行動が恐ろしく、そして悲しく切ない恋愛小説です。

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彼女から逃げることは不可能です

『リカ』  五十嵐 貴久 (著) 幻冬舎文庫

印刷会社に勤める会社員、42歳の本間はほんの出来心からはじめた出会い系サイトで「リカ」と名乗る女性と知り合い、メールのやり取りを始めます。しかしこの女はとんでもない化け物だったのです。28歳、看護師で彼氏なし。メールのやり取りから好感触を受けた本間はリカと会うことにします。しかしここから、彼女の執拗なストーキングが始まります。ひっきりなしに着信する電話やメール、番号を変えても突き止められ、果ては職場や家庭にまで知られることに。しかもリカは本間の幼い娘にまで近づいて…。はじめは、メールの文面からごく普通の女性のように感じられたのですが、やがて一方的に思いを吐き出し続ける異様な様子、チラリと見せるリカの姿のグロテスクさが、じわじわと恐怖感を高めていきます。悪意をベースにしたパワーは強力で、周囲を暗黒の恐怖と絶望へと突き落とすのです。彼女にロックオンされたら誰も逃げることはできないのではないかと思わせる、今世紀最大のストーカーでありシリアルキラーの物語です。

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隠れる場所が怖いですから!

『Dの殺人事件 まことに恐ろしきは』  歌野 晶午    (著) 角川文庫

「人間椅子」「押絵と旅する男」「D坂の殺人事件」など計7作の乱歩作品を現代バージョンで描く短編集。人気作家、原口涼香の携帯に一通のメールが送られてきます。そこにはたったひと言、「ますますご活躍のようで(笑)」とありました。その日から執拗にメールが届き、涼香は相手から自分の生活を見られていることに気づきます。過去に自分と関わりのあったその相手が潜んでいた場所とは。潜んでいた場所も気味が悪いですが、そこで話は終わりません。この恐怖から脱したと思った涼香には新たな悲劇が訪れるのです。江戸川乱歩のおどろおどろしく耽美な世界観はそのままに、現代的要素を加えたスタイリッシュなミステリー集です。こうしたストーキングの不気味さや恐怖を描いたオリジナルが大正15年に発表されたということも、乱歩の先を見抜く力に畏敬の念を覚えるのです。オリジナルを読んだことがある方はもちろん、そうでない方にも楽しめる、驚愕に満ちたミステリーです。

まとめ

ストーカーものの重要なポイントとして、ストーカーを行う人物の不気味さや思い込みの強さ、行動の異常さが挙げられますが、徐々にそのおかしさや奇妙な点が明らかになっていくその見せ方がキモだったりします。最初は「ちょっと、あれ?」から「おいおい」になって「うわあああ」とどんどんと恐怖を煽っていくその手腕がどの作品もお見事です。しかも、第一のオチから第二、第三と展開していくことも多く、そのドキドキ感と、どういった結末を迎えるのかという不安と焦燥感でページをめくる手が止まりません。そうしたスリルとドキドキを、ぜひ本の中でおたのしみください。

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