はじめに
夫、妻、恋人、会社の上司や部下、近所の人。普段何気なく会話を交わし、その人となりを充分に理解していると思っていた。それなのに。今まで一緒にいたこの人は、本当に私が知っていた本人なのだろうか?そんな驚きと意外性に衝撃を受ける5冊の本を紹介します。
みんなに尊敬されていたんだよね??
『神様の裏の顔』 藤崎 翔 (著) ¥734 角川文庫
「神様」と呼ばれていた教師・坪井誠造が亡くなり、かつての教え子たちが告別式に集まりました。口ぐちに坪井との想い出話を語り出す彼らですが、恩師の意外な一面が次々と明らかになっていきます。前半では坪井の「神様」と言われる所以のエピソードが語られ、後半ではその人となりへの疑問と疑惑が語られます。事実が判明していく構成や見せ方が見事な、神様と呼ばれていた教師の本当の姿を解き明かしていくミステリーです。通夜の一晩だけの物語という、スピード感も楽しめます。一晩の間に、みんなに尊敬されていたはずの恩師がまさかそんな…。教師という立場、「神様」と呼ばれた人物への思い込みがその人の本当の姿を見えなくしているのだということを思い知らされます。
私の夫、こんな人だったっけ・・・
『異類婚姻譚』 本谷 有希子 (著) ¥605 講談社文庫
ある朝、食卓で向き合う夫の顔の、目と鼻の位置がずれていました。こんな衝撃的な現象を目にしながらも結婚生活を続けている私。自分とは違う種類のものと結婚する違和感と、それを呑み込んでしまう大らかさというよりは、向き合わない弱さに焦点を当てています。夫婦という形で暮らす他人同士。違いがあるのは当然なのですが、改善する努力をせず、かといって文句を言うでもない。それは馴染んでいくかのように思われますが、思わぬ形で表面に出てくるのです。毎日眺めている顔だけに、ちょっとした違和感もスルーしがち。それがいつの間にか習い性になっていたりするのです。誰にでもある他人に対する「違和感」を視覚的、物理的にユーモアを交えて描きます。
うあっ 騙された!!!
『湖底のまつり』 泡坂 妻夫 (著) ¥821 創元推理文庫
傷心の思いからとある村へ旅行にやってきた紀子。川へ落ちてしまったところをある男性に助けられ、無人の小屋で一晩を過ごします。翌朝消えてしまった彼を探すために、村人へ彼の名前を聞いて尋ねますが、その人物はすでに亡くなっているというのです。不審に思うとともに、彼にもう一度会いたいと思った紀子は彼のこと調べ始めます。そこにはダム工事と絡んだ意外な事実が潜んでいたのでした。ダム工事により沈みゆく村の、幻想的な祭りの景色と混じり合い、驚きの事実が明らかに。見た目と描写でこれほどまでに騙されるとは!さすが叙述トリックの王道と言われるだけのことはあります。読後にもう一度読み返したくなるミステリーです。
近くにいたのに気づかなかったなんて
『血縁』 長岡 弘樹 (著) ¥726 集英社文庫
「血縁」をテーマにしたミステリー短編集。刑事、刑務官など家族や仲間うちで起こる犯罪や出来事を、つながりがあるゆえの痛みを伴う様子を描いていきます。目出し帽を被った強盗に、金を出すよう刃物で脅されたコンビニ店長は、店で鳴った電話の呼び出し音を聞き、「出ていいか」とメモを書き、犯人に見せましたが、犯人は反応せず、逃走します。その理由はなんだったのか。捜査しながら、刑事は友人の息子を思い浮かべるのです…。共に過ごしてきた家族がそれまでと違った考えを持ち始めたとき。仲間が長く苦しんでいたことに、自分が気づかなかったと思い知らされたとき。意外な姿を見せた家族は、長い間心の中で悲鳴をあげていたのかもしれません。それが行動となって現れたとも言えます。心を深くえぐられるような痛みは彼らに何をもたらすのでしょうか。
人の不幸は蜜の味って言うからね
『私が失敗した理由は』 真梨 幸子 (著) ¥836 講談社文庫
結婚・妊娠を機に会社を辞め、都心から引っ越した落合美緒。本当だったら今頃は都心のマンションで子供もいながらガンガン働くかっこいい女性だったはずなのに。精神的にも疲弊していた美緒は、他人の失敗を集めた話を本にすることを思いつきます。出版社に勤める元カレをそそのかし、退職させた挙句保、本の出版を持ちかけます。殺人事件の犯人にされた女性、そこそこ豊かな生活を送っていたのにホームレスへと転落した女性、かつて一斉を風靡した大人気作家の現在。さまざまな人物たちの思惑が錯綜し、事態は二転三転していきます。失敗や成功を目にすることで、本人にも周囲の人間にも、それまでとは違う人間性が現れてくるのです。人間の恐ろしさ、そしてどこか滑稽であるところを描いたイヤミスです。
まとめ
文学、ミステリー、イヤミス。各ジャンルから「本当の顔」を描いた本を集めてみました。長い時間を共に過ごした相手だとしても、内面までは見えませんし、見ている自分自身も変化していくのですから、相手の「本当の顔」を知っていると思うのは傲慢であると言えるのかもしれません。人の心は見えないから考えてみる、わからないからもっと知りたいと思うし、面白い。こうした物語たちは、こんな風にも思わせてくれるのです。
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