『人間に向いてない』 黒澤いづみ(著) 講談社文庫
あらすじ
若者の間で奇妙な病気が流行していた。それは、異形性変異症候群と呼ばれ、動物や植物、昆虫などの形に体が変化するというもの。元の体や顔の一部分が残っていたりとその変化の様子は人によって異なる。
息子が突然異形の姿に
美晴の息子・優一も一夜にしておぞましい芋虫の姿となってしまった。そこから美晴の、母親として悩める日々が始まる。この病気の正体は一体何なのか。家族の愛が、人間の愛が試される。
美晴の息子の優一が、おぞましい姿に変貌を遂げる病気になってしまいました。それも子犬のほどの大きさの、巨大な芋虫。長い手の先には人間の指のようなものがあり、さらに体に沿って無数の足がついています。おぞましいことこの上ない姿です。
夫の無理解と周囲からの偏見
それでも我が子である優一の面倒をみようとする美晴ですが、夫は優一に対してあからさまに嫌悪を示します。捨ててこいだの保健所にやれだの、さっさと見限ってしまえと言わんばかりの態度です。
この病気にかかると、治った事例がなく、その見た目のおぞましさなどから親が子供を殺してしまう例が後をたちませんでした。そのため病気になった子供に対して死亡届を出すことが認められてます。
また、ニートがこの病気にかかると言われており、そのことも世間の偏見の目が向けられる原因となり、家族を一層苦しめるのです。美晴の夫、そして義母までもが芋虫になってしまった優一に冷たい目を向け、息子を捨てるように言ってくるのでした。
同じような立場にある親たちとの出会い
美晴は、子どもがこの病気になってしまった親が集まる場があることを知ります。そこには木や犬、ネズミに魚など様々な形に変化した子どもたちの様子や、共に生活することで起こる家族の苦労などを知ります。気の合う人物とも出会い、ひとときの心の安らぎを得るのでした。
差別や偏見に満ちた目で優一を見る夫に対し、美晴はこれまで自分がどのように優一へ接してきたのかを振り返ります。子どもの頃の優一はどんな様子だったか。本来どのような性格だったのか。彼は何を望んでいたのか。
夫との決裂
意見の合わない夫との間で決定的な出来事があり、美晴は優一と共に家を出て、実家の母のもとへ身を寄せます。優一のことをこれまでと同じように接してくれる実母へ、感謝と愛を強く感じ、わが子を守っていくのだと改めて感じる美晴でした。
異形となってしまった者たちと家族の苦しみ
社会にうまく馴染めず、家から出ることが困難になってしまった子どもたち。ただ生きているだけで、外に出るだけでも苦痛を伴う状況なのに、さらに追い討ちをかけるように目を背けたくなるようなグロテスクな何かに変化を遂げてしまう。当人にとっては苦痛以外の何ものでもない出来事でしょう。もちろん、同居する家族にとっても。
まとめ
社会に適応できない、己の価値観を押し付け他人の気持ちを分かろうとしない、他人を愛することができない。だれもが「人間に向いてない」部分を持っています。自分を、相手を認め、共に生きていく決意があるか。この奇病は、まるで神様がそうした試練を人間に与えたかのようです。
弱い者も強い者も、戦う者も戦えない者も、互いがいるから己に気づき、相手を思うことができる。その気づきは大きな苦しみを伴いますが、何ものにも変えがたいものを得ることができるのです。グロテスクな描写と家族の苦しみを描きながら、「生きていく」とは、「家族」とは何なのだ、と深く考えさせられる物語です。
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