世界的な感染症が起こった時の「もうひとつの日本」の姿

『首都感染』    高嶋哲夫(著) 講談社文庫

あらすじ

中国でサッカーワールドカップが開催。世界中が湧き上がる中、中国のある地域で致死率60%という強毒性のインフルエンザが発生した。中国側が発表を引き伸ばそうとする中、都内の内科医である瀬戸崎優司は、いち早くその情報を掴む。元WHO職員で、感染症対策のプロフェッショナルであるという経歴から内閣の新型インフルエンザ対策本部のメンバーとして呼び寄せられた彼は、人類の今後を左右する感染症を止めることができるのか。

医師・優司が抱く過去と現在の姿


元WHO職員の優司は、勤務していた頃5歳の娘をインフルエンザ脳症で亡くしました。第二子を妊娠中だった妻は流産し、二人の子供を一度に失くしてしまった夫婦の仲は修復できないほどに壊れてしまいました。

離婚し日本に戻った優司は、友人の紹介で病院の内科医に勤務。アルコールか睡眠薬がないと眠れない日が続き、アルコール依存症寸前の状態です。しかし、WHOでの感染症対策の経験を活かし、感染症に対する病院の対応をマニュアル化、医師や看護師などのスタッフへの教育などを徹底して行い、病院内でも評価を得ていました。

一度流行したインフルエンザは弱毒性のものだったが

世を騒がさせた新型インフルエンザは、豚型であり、毒性も弱く、死亡率も通常の季節性インフルエンザと同等のものでした。国の対応などはむしろ大袈裟すぎたのでは、という世間の空気もあります。そんな中、中国で不穏な動きがあることを優司は知ります。

中国で危険なウィルスが発生

WHOに勤めている元妻に電話してみるも、中国側からの公式発表がないため、WHOとしてもどうすることもできないのだと言います。ただ、豚型ではなく、鳥型が変異した新型インフルエンザが中国の村で発生していること。数千人規模の死亡者が出ており、いくつかの村は壊滅。軍隊などにより、村から人が出入りしないよう制圧をかけているらしい、ということがわかります。

国内での感染対策を開始

元妻の父親、厚生労働大臣である高城から、新型インフルエンザの対策室メンバーとして参加してくれないかとの要望を受けます。引き受けた優司がまず最初に行ったのは、中国からの帰国便の乗客を全員隔離する、ということでした。

国内外の多くの批判を受けながらも世界の中では圧倒的に低い発症者数に抑えることができますが、検疫が破られ都内にも患者が発生。そこから首都封鎖へとコマを進めていきます。

視野の狭い議員たちの意見にあ然

まずは対策会議における大臣たちのウィルスに対する認識の甘さ、経済活動がストップすることへの懸念、自分たちばかりが助かろうとする意識などが明らかになるにつれ、こんな人間たちが国の舵取りをしているのか?と頭を抱えたくなります。実際の日本もこんな感じなのだろうな、とも。

首都封鎖は何のために


感染はそのスピードを加速させ、感染者と死亡者の数は右肩上がり。それでも世界各国に比べ、日本におけるその数が圧倒的に少なく済んでいるのは、早期の感染者の隔離や例外を一切許さぬ首都封鎖のためです。それには国民それぞれの理解と忍耐が必要となってきます。

狭い視野は当然国民の中にもある


しかし、自分だけは助かりたい。自分の家族の様子が知りたい。封鎖された東京だけがなぜ犠牲にならなくてはならないのか、と声高に叫ぶ人間たちが多く出てきます。一人の例外もなく東京から出ないこと。それが日本が生き残るためにやらなくてはならないことなのです。

総理大臣の意志と決断力

瀬戸崎総理大臣は、優司の父親でもあります。彼はこの国民と議員たちの不満を一身に受け、決意を持って感染を止めることに全力を尽くします。現場の調査・対策が息子の優司、決定・指揮が総理大臣と厚生大臣の高城という形です。

この政治家たちは政治のための政治ではなく、国民を守るための政治をしていますし、優司も人の命を救うための、医者の立場から感染対策の仕組みや体制を構築していきます。どちらも命を守るという使命を持って動いているのです。

ワクチンが出来上がるまでが勝負

対応できるワクチンがいつできるのか。
ギリギリまで追い詰められた医療スタッフたちが崩壊するまでに手にすることはできるのか。

人類の未来がかかったこのウィルスを封じ込めるために、多くの人々が身を粉にして取り組んでいきます。ワクチンを開発した会社がその製造方法を惜しみなく公開するところに、私利私欲を超えた、助け合っていこうという精神が伝わり、人間もまだ捨てたものではないな、と感じます。

まとめ

この作品が10年前に世に出たことに驚きを感じます。そして、今回のコロナのような悪性のウィルスが発生する可能性があること、そして日本という国がどんな対策を取るとどうなっていくのか、ということを知るためにも、国民の教科書として本書を読んでおくといいかもしれません。というか、かえって今回の日本の対応を振り返ってガックリしてしまう部分もあるかもしれませんが…。

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