『おっぱい先生』 泉ゆたか(著) 光文社
あらすじ
世田谷の住宅地に立つ、年季の入った小さな一軒家。この「みどり助産院」は産後の母親たちが、様々なおっぱいの問題を抱えてやってくる場所。助産師の寄本律子は、その大きく温かな手で、母親たちの凝り固まったおっぱいと、心を優しくときほぐす。
赤ちゃんがおっぱいを飲んでくれない
産後5日目、退院したその足でみどり助産院へやってきた和美。彼女の悩みはズバリ「赤ちゃんがおっぱいを飲まない」こと。病院では「最初からうまくはいかない」とは言われたものの、これからもおっぱいを飲めなくなるようでは困る、と考えたのです。
赤ちゃんがおっぱいを飲まないのは、理由があります。それは、助産師である律子が母親の体を整えること、母親が赤ちゃんがおっぱいを飲みやすくなるように体勢を整えたり、自分自身の体のメンテナンスをすることで解決する場合があります。
母親の焦りと自己嫌悪
それぞれが、自分のできる範囲で協力し合って、頑張ってみて「これでいい」形を見つけることが大切なのだと律子は言います。和美はネットで、母乳育児であればアトピーにならないという情報を目にし、母乳で育てなければ!と決意します。しかし泣き叫びおっぱいを飲んでくれない息子に粉ミルクをあげてしまい、自己嫌悪に陥ってしまいます。
そんな和子に対し、律子は「飲んでくれてよかったですね」と淡々と返します。完全母乳であっても、母親の体調が悪い時など、粉ミルクを飲めれば安心だ、というのです。和子の無理のない形で母乳育児を進めていけば良いのだ、とも。
助産師・律子のアドバイス
母親は出産時の緊張、体のダメージと続き、いちばん応えるのが赤ちゃんの泣き声です。産前産後のホルモンの変化もありますが、緊張や疲れが続く状態での初めての育児は、思考がネガティブになりやすく、追い詰められるものです。そんな母親たちに接するのは白髪のショートカットがキリリとした印象の助産師、律子です。
言葉は少なく、母親の様子、赤ちゃんの様子を淡々と確認します。不安になっている母親に対しては「お母さんにとって、赤ちゃんにとって、最も負担がない、心地よい形を考えてください」と告げます。突き放されたようにも感じる一言ですが、子育てに「正解」はなく、母子がこれでいい、これがいいと思う行動が、その母子にとってベストなのです。
おっぱいから見えてくる「家族」と「育児」のあり方
物語の中には、夫婦にとっての初めての子供、シングルマザー、夫が単身赴任中で三人の子を育てる母親など、様々な形の「母子」が登場します。「おっぱい」についての問題を解決するために助産院にやってくる彼女たちですが、もう一歩外側の「家族のあり方」「子供の育て方」については自分たちでなんとかしていかなくてはいけません。
助産師の律子は、そうした母子の枠内でがっちりと固まってしまいがちな母親たちの、心と体のこわばりをやさしくほぐし、枠の中から一歩踏み出して、周囲を巻き込んで子供を育てて行こうとする母親の力をつけてくれるかのようです。
おっぱいは赤ちゃんを育てるもの。そのおっぱいのこわばりや不安などの滞りを流すことで、未来へと自然と目を向けていけるようになっていくのかもしれません。
律子の役割
産後のホルモンの関係で感情が上下に揺れやすい時期でもある授乳時期。初めての出産、育児に張り切って頑張って、挫折して疲れて…。それでも「もうやだ」と放り出すわけにはいかないのが育児です。律子はそんな母親の感情の揺れを緩やかに受け止め、少ない言葉で、温かな手で労わり、見ていてくれるのです。
まとめ
思考が千々に乱れてまとまらないもどかしさや焦り、体の痛み、おっぱいを飲んでくれることの喜びなどなど…。出産経験者の方には大変だった(でも忘れちゃった!という人も多いと思いますが)けど懐かしく、愛しい日々を思い出し、感じられるのでは。
お父さんたちにもぜひ手に取っていただき、出産にまつわる女性の心と身体の変化を理解した上で、どのように育児に協力していくのか、ということを考えるきっかけになってくれるといいなと思います。
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