2020年上半期 おすすめの10冊【前編】

はじめに

2020年も半年を過ぎました。今年の1月から6月までは、まさにコロナによって世界中の人が不安と恐怖に脅かされた時期なのではないでしょうか。ステイホームが呼びかけられたこともあり、家で読書する機会が増えた、という方もいらっしゃるかと思います。

個人的には「書店で本を選ぶ」という行為ができないことに結構な苦痛を感じました。ネットで本は買えますが、やはり新刊が平台にズラーっと並んだ中から、表紙やタイトル、お気に入りの作家を考えながらあれこれ選ぶことが自分にとって大きな喜びなのだということを、強く感じました。ネットで買うのはもっぱら人に勧めてもらった本。これはこれで新しい出会いになって良かった点もあります。

ということで新刊ではない本を含む、2020年1~6月に読了した本93冊の中からおすすめの10冊を挙げてまいります。

第10位 『終電の神様』 阿川大樹(著)

あらすじ

最終電車が事故で運転を見合わせ、ストップ。多くの人生を乗せた電車が止まるとき、人は何を思うのか。

こんな時に電車が止まるなんて

入院中の父が危篤との連絡を受けて、病院へ向かう途中に人身事故で電車が停車。こんな時に死ぬなよ。そう思いながら、ガンで入院していた父を思う。母と二人でやっていた床屋。キャッチボールをしてくれなかったこと。仕事に対する思い。

何とか電車が復旧し、病院に駆けつけると目を閉じているが静かに呼吸をしていた。その父に語りかける…。

世の中の歯車と少し噛み合ってない、何か違和感を感じる、苦しい状況にある人々が、終電を通して自分の今の状況を振り返ったり、先へ進む道を見つけたりする七つの短編集。

追い詰められたIT企業の社員、競輪選手を彼氏に持つ彼女、いじめられていた女子高生など、設定も様々。しかし、登場人物たちは、苦しみや悲しみを胸に抱えながら押し込もうとしていたり、八方ふさがりのように感じたり、または諦めようとしています。

まとめ

電車が停車したことにより、いつもと違った時が流れたことで、自分や周りのこれまでのことを異なった目線で見ることができたのかもしれません。停止することは終わりなのではなく、また動き出すために必要な時間なのだということを教えてくれているのではないでしょうか。

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第9位 『彼女の知らない空』 早瀬耕(著)

あらすじ

憲法九条が改正され、自衛隊に交戦権が与えられた。妻は僕が反政府組織を攻撃する任務に就いていることを知らない。ぼくが殺人者になっても、妻は「おかえりなさい」と言ってくれるだろうか。

自分の価値観が崩れるとき

自分の中の「正義」という価値観が根本から崩されるとき、どうするのか。そんな命題を抱えた7つの短編集です。

空自佐官である「ぼく」は千歳基地の官舎で妻と二人暮らし。同僚がQ国に派遣された事を心配し、同時に夫が行かなくて良かったと安堵している妻は、「ぼく」が無人軍用機を遠隔操縦し、反政府組織を攻撃する任務に就いている事を知らない。

そしてある日、「攻撃せよ」との指令が下る…。

化粧品の会社に勤めたはずが、製品が武器関連に使われている、ブラックな企業で追い詰められている、広告代理店のミスの尻拭いをさせられる…。胸がギリリと締め上げられるような状況であり、進むにしろ、戻るにしろ明るい結果は望めない。

まとめ

登場人物たちの怒りや、理不尽さが小さな火でチリチリとあぶられるように伝わってきます。それから先どうするのか。これまでの、正しいと思っていたことが崩れていく時、そこからどのように自分の基準となるものを見出していくのか。

物語にはそこは描かれていません。読者がどのように感じ、何を見つけていくのかを委ねられているのです。

苦しい感情がありながらも、どこか静かで理知的な空気が漂う物語。短編集ですが、どれも読後には太い楔のように刺さって離れない、深い余韻が残ります。

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第8位 『人間に向いてない』 黒澤いづみ(著)

自分の子供がおぞましい姿に変化してしまったとしたら…。そんな衝撃的な世界を描いた物語がこちら。グロい描写は苦手、という方は閲覧注意です。

あらすじ

若者の間で流行する奇妙な病気、異形性変異症候群。体の一部を残したまま、動物や昆虫、植物など見るもおぞましい姿に変形してしまうというもの。美晴の一人息子・優一もこの病気になり、大きな芋虫の姿に。その日から美晴の葛藤の日々が始まります。

奇病になった息子を抱える母の心境と家族の様子

その見た目の気味悪さ、家族へかかる大きな負担から、変化してしまった子供を、親が殺してしまう事態が頻発します。

病気になるのはニートである若者であるという説もあり、変化してしまった子供を持つ親、そして家族たちは周囲からの冷たい視線に耐え、諦め、そして我慢できずに手をかけてしまったりします。

目に入る我が子の姿は、とても人前に出せるようなものではなく、意思の疎通ができているのかも不明です。そうした状況の中で、自分は子供をどのように育ててきたのだろうか、小さな頃の息子はどんな様子だっただろうかと美晴は振り返ります。

まとめ

社会に適合できない子供たちの胸の内。そんな彼らの思いを、親たちはどのように見ていたのでしょうか。彼らが奇妙でおぞましい姿になった時、親や家族たちは何を思い、感じるのでしょうか。

世間体なのか、ただひたすらに子供への愛を貫き、子供自身がどう思うかはそっちのけでひたすらに守り抜くのか。

人間に向いていないのは、社会に適合できない子供たちなのでしょうか。子供であろうと、親であろうと、人の気持ちを理解しようとせず、己の価値観を押し付けたり、価値観以外を認めない。

それが「人間に向いてない」という事なのではないか。家族や愛について、深く考えさせられる物語です。

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第7位 『謎のアジア納豆<そして帰ってきた日本納豆>』  高野秀行(著)

これを読んでから納豆を毎日食べたくなってしまいました。

あらすじ

アジアの広域に存在する納豆を追って、その作り方・食べ方を調べるうちに歴史や文化、文明論にまでつながっていく、という納豆の広くて深い世界を描くエッセイ。

アジア納豆の謎に迫る!?

高野さんといえば、破天荒な冒険記で有名なお方。こちらは納豆がテーマということで、穏やかな内容になるかと思えば、やはり高野節が炸裂。ただの納豆調査記録じゃございません。

ミャンマーなど、アジアの山奥まで赴き、現地の納豆の食べ方、作り方を調べます。現地の方を手伝い納豆づくりをすることも。そこで生まれる面白エピソードは、現地にスルッと入り込み、たちまち馴染んでしまう高野さんならでは。

納豆で繋がる文化と人々

日本のような納豆もありますが、乾燥していてせんべいのような形をしたものや、クッキーのような形のもの、使い方も炙ったり、調味料として使ってみたりという多彩なアジア納豆。

形状は違っても、「あ、納豆だ」と理解し、「おいしい」と本能で感じてしまう、それがアジアの奥地でも同じであるということに、不思議な、納豆で繋がる縁を感じます。

日本では納豆づくりに挑戦。アジア広域で作られる納豆は、その土地にある葉などに包んで作られることから、ビワの葉や数種類の葉で、蒸した大豆を作ります。ビワの葉などにも納豆菌が存在するということに驚きです。

まとめ

こうした実践編、そして日本の納豆発祥の地や雪納豆についての取材も交えつつ、その納豆がどのように伝播し、各地に根付いていったのかというところまで話は広がっていきます。

納豆から広がる壮大なロマン。軽妙でありながらしっかりと検証した情報は外さず伝えてくる、文章の上手さも光ります。納豆への新しい扉を開けてくれる一冊です。

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第6位 『天井の葦』(上)(下)  太田愛(著) 

天上の葦 上 (角川文庫)
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天上の葦 下 (角川文庫)
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あらすじ

渋谷のスクランブル交差点で1人の老人が天を指差し絶命した。老人が指したその先には一体何があったのか。小さな興信所を営む遣水と修司の元に、老人が指を指したものはなんだったのかを調べてほしいという依頼が舞い込む。一方、停職中の刑事・相馬は、行方不明の公安刑事・山波の行方を探すよう秘密裏に命じられる。

壮大な社会派サスペンスミステリー

上下巻に渡り展開される壮大なサスペンス・ミステリーです。老人が指差した謎を探る遣水たちは、何者かに狙われ始めます。相馬は、山波の動きを探るうちに驚きの事実を知ることになります。この二つの出来事は、どうつながっていくのでしょうか。

上巻では、亡くなった老人・正光の動きと過去を探る遣水たちと、その動きを止めたい何者かによる攻防。そして相馬は、山波の行動を追ううちにあるジャーナリストの存在と、公安の目的を知り、愕然とします。

下巻では遣水、修司、相馬の三人がそれぞれの目的を追って瀬戸内海の小さな島にたどり着き、公安などの追っ手が迫る中、謎の解明に迫っていくという流れです。

まとめ

公安と政府と報道。これらが絡む、国の行方を震撼させるような企み。そして老人たちが体験してきた戦争時代を踏まえ、彼らが感じたこの国の未来への危機感。たった1人の老人の行為が、報道を絡めた、国を揺るがす事態への警鐘となったのです。

社会派小説でありながらも、軽妙でクレバーな遣水のキャラクターで柔軟な空気を漂わせ、高圧的な公安や政治家たちが侵食し、報道が歪められようとしている。こんな構図がくっきりと浮かび上がるため、それぞれの立場の事情がわかりやすく、物語をしっかりと楽しめます。

長い物語ですが、伏線の張りかたや回収、迫る追ってから逃れながらも真実へと迫る焦燥感や緊張感、結末への希求感からページが止まらなくなる物語です。

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2020年上半期 第10位〜6位 まとめ

2020年上半期、おすすめの10冊のうち第10位から6位までをご紹介しました。いつもの目線から一歩踏み出し、離れたところから社会やそこに生きる人々を眺める。そうした視点をくれる本たちです。

後半戦の記事、2020年上半期 第5位〜1位もぜひご覧ください。

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