人が人として生きていける世界を切に望む「童」の物語

『童の神』   今村翔吾 (著) ハルキ文庫

あらすじ

平安時代、「童」と呼ばれ、蔑まれる者たちがいた。彼らには鬼、土蜘蛛といった名前で呼ばれ、人以下であるかのように扱われていたのだ。

空前絶後の凶事とされる日食の日に、越後で生まれた桜暁丸は、父と故郷を奪った京人に復讐を誓う。そしてついに桜暁丸は、童たちとともに朝廷軍に決死の戦いを挑む。

反朝廷勢力「童」を臣下に置き、天下和同を目指すが

土着の民を「童」と称し、鬼や土蜘蛛、夷などの恐ろしげな名前を付けて、蔑む。朝廷はそうすることで、税や疫病に喘ぐ京人たちの不満を逸らしていました。

そんな「童」たちを臣下に集め、天下和同を目ざす。安倍晴明は左大臣のその考えに共鳴し、自分の子を産んだ愛宕山の盗賊の長、滝夜叉姫こと皐月を介して調整します。童たちとともに朝廷を倒し、新しい世の中を目指したのです。

しかし、京の武官、源満仲の裏切りにより多くの童たちが命を落とします。皐月は、童たちの決死の防御を受け、辛くも逃げ切ります。

空前絶後の凶事の日に生まれた「禍の子」

皐月との間の信頼が崩れてしまった安倍晴明。深く傷つく中、天文博士に命じられた彼は自分に出来ることを考えます。そして起こった日食を「空前絶後の凶事」とし、罪人を解放する天赦を求めたのです。

一方、その凶事の日に越後で一人の男児が生まれました。桜暁丸と名付けられた少年は、身体が大柄で、髪は土色、瞳も光の加減によっては緑色に見えるという容姿。凶事に生まれた事、奇異な見た目から『禍の子』と言われ、周囲から恐れられていました。

「花天狗」として京の町を荒らす桜暁丸

桜暁丸の父親は、民を救うべく、私財を投げ打って稗粟を買い、それを配るような人物でした。しかし、京から目をつけられ、村ごと壊滅状態にされてしまい、桜暁丸は京へと逃げ落ちます。

そこから、身に付けた身体能力で検非違使や武官を狙って盗みを働くようになり、やがて花天狗と呼ばれるようになります。

自分から全てを奪った役人たちから奪い返す。そんな一念で身に付けた身体能力を存分に活かしていた彼は、袴垂という盗賊に出会います。

彼も同じように貴族などの家から高価なものを盗み、貧しい村に届けているというのです。二人は共に暮らし、盗みの成果を挙げますが、ある日袴垂の父親が処刑されるという知らせが…。

童たちと手を組み、朝廷からの攻撃を防ぐ

朝廷軍との攻防を繰り広げ、この騒ぎに巻き込まれ、帰る場所のない幼い子どもとともにこの場から脱出し、土蜘蛛たちが住むという大和葛城山へ向かう桜暁丸。

首領の毱人の信頼を受けこの地で過ごす桜暁丸は、彼らから技を教わり、そして周囲の童たちと手を組み、朝廷からの攻撃を防ごうと考えます。

これが一人の一生なのか?というくらい波乱万丈です。父や師匠を殺され、見た目や住んでいる場所に勝手に名前をつけられ、人間以下のように扱われる。

京人は全て自分たちの常識ものを考え、それを押し付ける。そして土地人々全て自分たちの所有物だと思っている…。

「童」の意味を変えたい

桜暁丸や、童たちは武術に長けた者たちです。先祖代々の土地に住み、先人が得た技を身に付け、研鑽する。そんなふうに暮らしている彼らは京を乗っ取ろうなどとは考えていません。自分たちのものを守ろうとしているのです。

そして桜暁丸は、皆が同じ人間であることが当たり前になる世の中にしたいと考えています。今は蔑称として呼ばれている「童」の意味を変えたい。「純なる者」という意味に…。

迫力ある戦闘シーンに注目

本書の見所は、百花繚乱の技が繰り広げられる戦闘シーンです。童たちの身体能力、忍びのような技や飛び道具、地の利を使った戦法など、驚異的で見事な戦いぶり。拳を握りつつ、ドキドキしながら見入ってしまいます。

対する京人側も錚々たるメンバーです。悪の親玉、源満仲の鬼畜ぶりがすごい。そして配下の渡辺綱、坂田金時。坂田金時は足柄山の出身であり、生粋の京人ではありません。そうしたことからも、童との戦いに葛藤を抱えている人物でもあります。

そんな金時を見守る綱もまた、広い視野を持つ傑出した人物であり、タイミングが合えば京人と童をつなぐような役目もできたのではないかと思わせます。

時の経過とともに深みを増していく人間関係

もうひとつの見どころは、これだけ多くの登場人物が出てきながらも、変化を加えてなお深みが増していく人間関係です。特に前線に立つ桜暁丸や、童の首領たち、そして渡辺綱や坂田金時。

彼らは互いに人として認め合い、それでも命をかけた決戦を繰り返します。そこからはほのかに絆のようなものが生まれているのを感じます。世が世なら、良きライバルとして、仕事などで大きな成果を上げたような人物たちなのではないでしょうか。

まとめ

人が人として生きていける世の中であること。こんなシンプルな願いがありえないことだった時代。教科書に載らない、影の世界はこんなにも熱く、そして強烈な光を放っていたのです。そんな彼らがあってこそ、完全ではないかもしれないけれど今の「人が人として生きていける世の中」がある。そんなことを考えさせてくれる物語です。

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