『DASPA 吉良大介』 榎本憲男(著)小学館文庫
あらすじ
内閣府に新たに設置された、各省庁の精鋭たちで組織されるDASPAー国家防衛安全保障会議。国家の非常事態に的確に対応するためにつくられた組織である。
警察庁警備局出身の吉良大介は、インテリジェンス班のサブチェアマンに抜擢されたキャリア官僚で「日本をバージョンアップする」が口癖の切れ者。
DASPAスタートを目前に控えたある日、中目黒のマンションでひとりの白人男性が毒殺された。その目的は何なのか。
日本において非常事態が発生する可能性を示唆
物語は、日本がサイバーテロ攻撃を受けたらどうなるのか、という状況を描いた映画から始まります。
防衛省が制作したこの映画の内容は、まずは誤った地震速報が流れ、電車がストップします。そして首都圏で大規模な停電の発生。電話回線の不通。
最後には沖縄の基地に向かって弾道ミサイルが飛んでくる…というもの。
これらはどのように仕掛けられるのか
そして、これらの非常事態はどのように発生するか、というところを解説しています。
USBメモリを不特定多数にばら撒き、マルウェアに感染させる。インフラを破壊させるマルウェアを仕込まれる。ドローンを飛ばし、ワイヤレスで空中からハッキングされる。
これらを、アメリカなどで実際に被害に遭った例を挙げながら解説します。実例があるところがより恐ろしさを感じさせますね。
外国から受けたサイバー攻撃への対策は困難
こうした大規模な攻撃は、もはや個人ではなく国家的に仕掛けられた戦略であり、もはや戦争と言えるのです。
しかし、その攻撃が国を挙げてのものかどうかを特定することは非常に難しく、確定できないままに報復することもまた不可能なのです。
警察官僚・吉良大介の人物像
日本に起こりうる「非常事態」の対応のために作られたDASPA。サブチェアマンに選ばれた吉良大介は警察庁出身です。
鋭い推理力と行動力を持ち、上司のチェアマンである三波からも篤い信頼を得ています。趣味でヴァイオリンを弾く、という一面も持っています。
しかし、「日本をバージョンアップする」と大きな事を口にし、女性に弱いところがある吉良は、三波にとって少々煙たい存在でもあるようです。
仕事では上司をそれとなく誘導し、同僚を軽くいなし、後輩を観察し、周囲に目を配りながら着実に仕事をこなしていく、優秀な官僚です。
DASPAでなければできない事
正直、警察エリートだの官僚だの、いったい何をしているのか?という程度の認識だったのですが、本書を読んでなるほど、と腑に落ちました。
DASPAに配属される前の吉良の所属は警察庁警備局、テロ対策課。テロ行為に関する捜査などを行っていました。テロも国の危機ですが、非常事態とはこれに限りません。
サイバーテロや人によるスパイ行為など、国の土台を揺るがすような危険な状態は常に起こりうるのです。
こうした事態の対策は、過去の事例も少ない、あるいはないことから、警察や公安、自衛隊など縦割りの状態では対応しきれないことが予想されます。そこを柔軟に、的確にスピーディーに対処するためにDASPAという組織が作られたわけです。
警察でありながら国の安全を、広い目で他国とのバランスや、国内の政治状況なども勘案しながら対策を決めていく。それは官僚でなければできないことなのです。
白人男性の毒殺死体が発見される
DASPA発足が近づいたある日、目黒のマンションでひとりの白人男性が毒殺されました。その毒は猛毒の神経ガスで、一般的には手に入れにくいものです。
背後に蠢く何かを感じた吉良は、DASPAでメインに捜査するように上司に働きかけます。これも警察の元同僚などと駆け引きをしながらのやりとりです。
それぞれの機関の力関係、人間関係、その先の動きなど何歩も先のことを考え、説得できる材料を持っての交渉力に、さすがと思わず唸ります。
美人バイオリニスト・アンナの存在
死亡した白人男性の娘・アンナと、偶然バイオリン教室で出会った吉良は、彼女を効果的に活用する方法を考えます。
白人男性の正体や、彼を殺した者の背後の存在。そうした存在に父親を奪われた美しい女性バイオリニスト。
彼女が「安全な日本」を無くしてはならない、とマスコミを使って国民に訴えかけ、世論をコントロールしていきます。吉良の狙いはスパイ防止法の議案を通すことでした。
アンナは想像以上の働きをしてくれて、国民の感情は日本で起こる外国人による犯罪やスパイ行為に、今の法律では実質何の役にも立たないという方向へ国民の意識を向けていきました。
つまり、スパイ防止法成立に向けて大きな流れを作ったのです。吉良は、そんなアンナと身体の関係を持ってしまいまい、その後彼女は姿を消してしまいます。
追い詰められた吉良が取った行動とは
アンナはハニートラップを仕掛けてきたのか?
彼女の背後にいる存在は?そして彼女の身は安全なのか?
重要人物と肉体関係に陥り、かつ対象者が行方不明という、自身の進退までもが問われる状況に追い詰められた吉良。
しかも、アンナの背景が明らかになってくるにつれ、自分の狙いが歪んだ形で通されようとしている事に気が付きます。そして吉良が向かった先は…。
吉良が目指す日本の形
サイバー攻撃などによる現況での脆弱性、そしてスパイなどの外国人犯罪者による現行の法律など、穴だらけで外国人にとっては犯罪天国のような日本。
アメリカにしがみついて機嫌を伺い、自身の足で立つ事がもはや不可能な状態の幼い国家とも言えます。政治のための政治を行う議員たち、目の前の仕事だけを見て国全体を見れない官僚、縄張り争いの絶えない職場。
そんな日本をバージョンアップし、真の自立を目指す吉良。彼は、そんな中を器用に泳ぎ、時には足元をすくわれそうになりながら、日本の国力をあげようと虎視眈々と機会を伺います。
まとめ
なぜ国を信じるのか。なぜ国に力をつけようとするのか。吉良にも答えが出ない部分があるようです。
国という存在とつながってこそ、自分という個人の存在を強く感じられると言う吉良。愛国心というものが希薄な日本において、他国とのバランスを見ながら、己の足で立つ国を目指そうとする吉良のような存在は必要不可欠なのではないでしょうか。
国を支えている存在に気づかせてくれる、壮大なスケールで描くエンターテイメント小説です。
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