『江戸のおんな大工』 泉ゆたか(著) KADOKAWA
あらすじ
幼い頃から大工である父の背中を見て育った峰。父を亡くし、人生の岐路に立った峰は、おんな大工として生きていくことを決意する。神田横大工町の采配屋・与吉を通して、お峰は普請仕事を始めるのだが。
はじめに
江戸時代に女大工!その着目点にまず驚きです。江戸時代の大工仕事にも興味津々ですが、それが女性となるとどんなことになるのか。タイトルだけでワクワクさせてくれるのはさすがです。期待を裏切らない実力をお持ちの作家さんならではですね。
大工の仕事が大好きな女性・峰が選んだ道とは
江戸城小普請方、つまり城と関わりのある寺などの建物を修繕する父の仕事を見て育ってきた峰。いつしか大工仕事そのものに夢中になり、男の格好をしてこっそりと大工の仕事を手伝わせてもらっていました。
腕っぷしに自信のある男たちばかりの中に入れてもらい、現場を見て、仕事を手伝う。父親は反対することなく峰を受け入れ、見守っててくれていました。峰の目の輝きから、仕事への情熱を感じ取ったのかもしれません。
ところが、父が突然亡くなり峰は現場へ出ることができなくなります。後取りである弟の門吉は大工仕事よりも本が好き。峰は、体格もヒョロヒョロと頼りない門吉を叱り飛ばし、お前はこんなにも恵まれているというのに、と歯噛みするのでした。
そんな峰のもとに見合いの話が舞い込みます。このまま家にいても大工になれる可能性はない。そう考えた峰はなんと家を出て、采配屋をしている与吉の家に世話になり、大工としてやっていくことを決意します。
料理屋の台所に火を灯すことはできるのか
最初に入った仕事は上方からやってきた、人形町「ごくらくや」主人・杢兵衛からの依頼。要望通りに料理屋を建ててもらったところ、台所の火がつかなくて困っているので何とかしてほしいとのことでした。ここを建てた大工は「大工の仕事は建てるまで」とのたまい、台所を見てくれないのだとか。開店を間近に控え、果たして台所の火はつくようになるのでしょうか。
現地を杢兵衛とともに訪れた峰は度肝を抜かれます。寿司屋天ぷらなどの張り子が屋根の上にあり、玄関を入ればまた大きな虎の張り子が。これらは驚き、楽しんで食事をしていってもらいたいという主人の意向で、上方でも大評判だったとか。江戸でも同じように評判になると考えているようです。
しかし峰の目から見ると、江戸の建築物とはいろいろと変わった点があって…。
建物を手がけた大工・五助の話を聞き、ハラハラする様なやりとりの中から、峰の頭の中には建物の問題点と改善策が浮かんできます。
幅広い大工の仕事とその心構え
峰は父のもとで学んだ大工の知識と経験、そして住まう人の希望と周囲の環境とのバランスなど、広く細やかな目線で仕事をこなしていきます。張り子にちょっとした手を加えるなど、店舗デザインやインテリアデザイナー的なこともしており、彼女にしかできない仕事を確実に一つ一つこなしていく印象です。
そして、厳しいけれども、確実な目と腕を持つ大工、五助は峰に対してこんな言葉をかけます。
普請ってのは人の生きる場を作るものだ。生半可な気持ちで関わったら、頭の中身を持っていかれるぞ。己の作った嫌な場がずっと忘れられなくなって、気持ちがそこに閉じ込められたままになる。
五助は、最初は峰に対して女だてらにと見くびっていた部分もあるようでしたが、その仕事ぶりや、自分の悪いところを素直に認め、真摯に取り組む姿勢に、次第に彼女を認めていきます。峰の仕事の迷いに対してもこんな刺さる一言を与えてくれるのです。
峰を囲む周囲の人々の存在
大工が主人公の物語ではありますが、峰を囲む周囲の人々の存在がまた秀逸です。采配屋らしく、物事の道理と人の気持ちを考え、依頼者が笑顔になるよう努め、峰にも「世の中」の見方を教えてくれる与吉。峰や門吉を心から応援し、また苦労した者の心に寄り添える与吉の妻・芳。夫に先立たれ、娘の花と一緒に実家である采配屋で暮らしている峰の幼馴染・綾。そして苦手な大工仕事から逃げ回り、峰に頭があがらない弟・門吉。
彼らが互いに心地よい化学反応を起こし、その出来事一つ一つに深い印象を落としていきます。小さなお花が無邪気な様子を見せる場面、そして幼いながらもしっかりとした成長を感じさせるシーンでは、自分も長屋の一員になったかのように胸が熱くなりました。
峰自身が大工として成長していく姿とともに、弟・門吉が成長していく姿も描かれています。呑気に見える門吉の頭の中に広がる世界。希望と絶望。そして見つけた彼だけの道…。お芳の作ったみたらし団子を食べながら、彼らと一緒に祝福してあげたい!
誰一人として欠けてはならない、重要な役割を持っているのです。
天候に絡む「温度」を感じるシーンも見所
また、印象的なのは雨、雪、火、風が登場するシーンの「温度」を感じる描写です。その天気と大工仕事との関係を絡め、登場人物たちの感情にまで繋がっていく様子は滑らかで、自然と物語の中に入っていくことができ、その場面が深く印象に残ります。
なかでも綾の姑・ツルが暮らす長屋から火が出た時の様子。その炎の熱さがこちらにも伝わってくるようで、手に汗握ります。そして息子を亡くしてから、記憶が混沌とした中での、ツルの子を思う熱い思い。ツルを助けたために怪我を負い、床に臥せっている門吉が話す、河童の国の話。火から水へとイメージが繋がり、消される命の儚さ、残された者の悲しさがなお一層心に染み込んでいくようです。
まとめ
人の心までを修繕していく「大工」という仕事の奥深さをしみじみと感じます。自然環境や住む者の変化によって最適なものを作り上げていく柔軟性と、それを支える確かな技術力。多くの時間を過ごす「家」に関わる大工は腕だけではなく、自分自身の心のあり様も大切なのだと、そんなことを教えてくれる物語です。
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