はじめに
2020年1~6月に読了した本93冊の中からおすすめの10冊を挙げる記事の後編です。第5位から第1位をご紹介します。
2020年上半期 おすすめの10冊【前編】はこちらからどうぞ
第5位 『銀の猫』朝井まかて(著)
江戸時代や幕末あたりの物語を多く書かれている朝井まかてさん。『残り者』『最悪の将軍』なども印象深く、どの本にしようか悩みましたが…。
江戸時代の介護という設定が今の時代にもリンクすることが多く、参考になる部分があると感じ、本書を選びました。
あらすじ
夫と離縁し、母親と長屋で二人暮らしのお咲は、「介抱人」をしています。口入屋が紹介した家に出向き、老人の世話をするというもの。依頼してくる家の事情も、お世話をする老人の状態も様々です。
老人とその家族の気持ちと事情
口も頭も体も達者な者、認知症が出てきている者。また、家族が「老いた親」に対して持つイメージや、親に「こうあってほしい」という価値観を押し付けていることも。
お咲はそうした家庭の事情になるべく口を挟まぬよう注意を払い、老人のお世話のためのアドバイスをしますが、キレてしまう家族もいます。この辺りのデリケートな問題は今の時代も同じなのでは。
そして老人たちの気持ちは複雑です。自分は元気なのにゆっくりしろ、と言われたり、家族の心配する気持ちと自分の気持ちがすれ違ってしまったり。
家族であるがゆえに複雑になってしまう彼らにそっと寄り添うお咲。その彼女も家族とうまくいかなくて。そこを、少しずつ乗り越え、成長していくお咲の姿もまた力強く、勇気をもらえます。
まとめ
江戸時代も現代も、親の介護には様々な思いや事情が絡むのだということ。そして老人たちの複雑な思いを丁寧に描いた、いつまでも心に残る物語です。
↓テキストブックレビューはこちら
↓イラストブックレビューはこちら
第4位 『東大の先生!超わかりやすくビジネスに効くアートを教えてください!』 三浦俊彦(著)
アートって何?美術館に行って絵を眺めても「ふーん」としか思わないんですけど…。そんなあなたにぜひおすすめしたい一冊です。
概要
アートは興味がある人、知識がある人だけが楽しむもので、ちょっと高尚で難しいイメージ、と考える方も多いのではないでしょうか。
しかし、東大の先生がアートの本来の意味、アートの個人と社会における役割などを、ライターとの対話形式でわかりやすく解説します。
アートとは何かを楽しく、わかりやすく解説
明確化されない、感覚的な世界は理解できない。そんな風に感じて、アートに対して敷居が高いと思うこともあるかもしれません。しかし、ビジネスに効く、とあれば感覚的ではなく、論理化され、どんなものかがはっきりしそうです。
アートとはズバリ「常識をぶち壊す工夫」です。必ずしも美しくある必要はなく、エロやグロ、不快なものがあってもいいのです。そして、AI時代の現代において、人間であることの価値を新たに見出したいという思いから、アートが注目されているという側面もあるようです。
常識をぶち壊し、新たな常識を作り出すという行為は、ビジネス界においても必須です。スマートフォンを世界中に普及させたスティーブ・ジョブズは、ビジネスでありながらもアーティストであったと言えるのではないでしょうか。
そしてアートには、自分の価値観に刺激を与える、意味のないものや効率性のないものに触れることにより「今ここにいる」ことを実感するという役割があります。目的を持ち、効率化を高めて進むだけの人生に、結果以外の何が残るのか。自分の中に何を形成してきたのか。という哲学的な要素までも含んでいるのです。
まとめ
他にもアートの種類や価値、現代アートの楽しみ方、アート鑑賞のススメなど、イラストを用いて楽しく、わかりやすく解説。便利で無駄のない世の中だからこそ、意味不明なことが必要で、そこからまた新しい概念や常識が生まれていく。
現代の常識や、便利なことはそうした「アート」の結果の繰り返しでできているのです。目からウロコの情報がてんこ盛りな一冊です。
第3位 『孤虫症』 真梨幸子(著)
最近真梨幸子さんにハマっています。いくつかの作品を読んだ後、こちらのデビュー作を読むことになったのですが、衝撃!の一言です。
あらすじ
週に三度、夫以外の男と体を合わせる主婦・麻美。彼女と肉体関係を持った男たちが、身体に瘤のようなものができた状態で死んでいきます。やがて、彼女自身の身体にも異変が起こり…。
幸せな専業主婦だったはずが…
夫と小学生の娘との三人家族で、街の中でも良いマンションに住んでいる麻美。妹が結婚して出て行ったアパートをそのまま借り続け、夫以外の男たちと体を合わせています。
ある日、浮気相手の母親という女性がやってきて、麻美をなじります。そして麻美もまた、腹痛や痒みを感じるようになり、自分は病気なのではないかと思い始めるのです。
夫の無関心な態度、反抗期である小学生の娘の冷たい目つき、麻美の妹である奈美との関係やパート先での人間関係。
一見、穏やかで幸せそうに見える麻美の周囲は、苛立ちや憎しみが見えない蜘蛛の糸のように絡まり合っています。特に女同士の細やかな、嫌らしい視点からの描写が秀逸。うわあ、嫌だなあと思いながらもつい引き込まれてしまいます。
まとめ
身体の中で何かが成長しているという恐怖とおぞましさ。女のドロドロとした嫉妬や憎しみ、そして愛情。感情と肉体の変化が、物語の進行とともに膨れ上がっていくドキドキ感がたまりません。最後まで手の内を見せずに上手に読者を誘導する構成も見事な物語です。
↓テキストブックレビューはこちら
↓イラストブックレビューはこちら
第2位 『首都感染』 高嶋哲夫 (著)
まだ都内では二桁のコロナ感染者が出ており、現在も油断できない状況が続いています。この物語は死亡率の高いインフルエンザが発生、東京を封鎖する、という物語です。
あらすじ
瀬戸崎優司は、かつてWHOに勤務し、感染症対策のプロと言われた医師。ところがインフルエンザ脳症で幼い娘を亡くし、妻とは離婚。
知人のつてにより日本の病院の内科医として勤務していますが、アルコール中毒の一歩手前の状態です。家族を失った傷がまだ膿んでいるのです。
感染症発生から政府の対策と医療現場を臨場感を持って描く
サッカーW杯の開催で沸いている中国。しかしその中国の一部では新型インフルエンザが発生。死亡率が高く、感染力も強い。しかし中国はW杯を重視し、発表を遅らせます。その情報を耳にした日本政府は優司を新型インフルエンザ対策本部のメンバーとして迎えます。
優司はこれまでの経験をもとに、次々と対策を打ち出します。まずは中国からの帰国便乗客を数日間足止め。この初動により日本は大規模なパンデミックを防いだかのように見えました。しかし、ついに感染は広がりを見せ、首都封鎖という手段を取ることに。
まとめ
見所は、政府の判断と実行力、医療従事者たちの凄惨な現場、感染症が広がりを見せた時の大衆心理です。実際の日本の状況と比べても、この小説の世界はある程度同じ道を辿っていて、少しだけずれたもう一つの国の行く末だったのではないかと感じられます。
克明に描かれた日本の姿は、まだコロナに怯える我が国の、これからのマニュアル本としても読んでおきたい1冊です。
↓テキストブックレビューはこちら
第1位 『探偵が早すぎる』(上)(下) 井上真偽(著)
キャラクター、トリック、展開とどれを取っても緻密で華麗。今までにないミステリーと言って良いのではないでしょうか。
あらすじ
父親の莫大な遺産を相続した女子高生・一華。彼女の命を狙って、親族たちがあの手この手と殺人計画を企てる。それを阻止すべく雇われた探偵千曲川。彼は犯罪が起こる前に解決してしまうという人物だった…。
百花繚乱のトリックと、それを防ぐ探偵の腕前
まずは事件が起こる前に解決してしまう探偵という発想が斬新です。もうこの解説を見ただけでワクワクが止まらなくなってしまいます。親族たちが、一華が外出する機会や、法事のタイミングで何を、誰を使って暗殺を仕掛けてくるか。
おまけに親族たちも相当に悪知恵の働くキレ者たちで、完全犯罪を目指しています。そこを探偵はどのタイミングで殺人行為を止めさせ、その計画の推理を披露するのか。いくつも起こる殺人未遂の手法はバラエティ豊かで、かつ意表をつく内容。そんな手があったのか!?と思わず唸ります。
まとめ
主人公・一華と、メイドの橋田、そして彼に雇われた探偵。一華の財産を狙う親族たち。どれも強烈なキャラクターたちですが、個性に合った行動や言動、そして思惑や欲望が絡み合う様子などがぴったりとはまっていて、気持ちが良いくらいです。このバランス感覚が素晴らしいですね。
探偵の事件解決方法、事件のエンタメ性、キャラクターの際立ち。どれを取っても「面白い!」と太鼓判をおせる物語です。
↓イラストブックレビューはこちら
2020年上半期 第5位〜1位 まとめ
2020年上半期のおすすめの10冊(上下巻は2冊で一冊とカウントしています)をご紹介しました。明るく、楽しい小説も読んでいるのですが、シビアなお話が印象に残ることが多かったようです。
それは、未来に感じる不安に対して、物語の人物たちはどのように考え、行動を起こし、乗り越えて行ったのか。また、乗り越えることができなかったのか。小説の中から無意識のうちにヒントを求めていたのかもしれません。
今までにない視点や考え方、問題点を提起し、時に感情を大きく揺さぶられる。そんな刺激を与えてくれる本たちでした。
本やイラストレビューが気に入っていただけたらポチッとお願いします。
コメント