『末ながく、お幸せに』 あさのあつこ(著) 小学館文庫
あらすじ
九江泰樹と瀬戸田萌恵の披露宴が行われた。招待された友人や親戚、元上司、この式をセッティングしたウエディングプランナーたちは、新郎と新婦を見守りながら、自分の人生を振り返っていく。結婚披露宴から見えてくる結婚や家族。そして人と人の繋がりを暖かく描く物語。
物語の構成
物語は、披露宴に招待された客や、披露宴に関わった人たちが、一人ずつ新郎新婦との思い出や自分の心境にスポットを当てていく形式です。新郎新婦本人が主役の章はありません。あくまでも、周囲の人が描く新郎の姿であり、新婦の姿であるのです。
新婦・萌恵の友人、愛弥のスピーチ
萌恵の高校時代の友人、愛弥。彼女はスピーチの中で、高校時代、おっとりと常に優しく微笑む萌恵に苛立ったこともあったと言います。しかし、卒業後、偶然出会った時には、その微笑みの中に強さと優しさがあったことに気づいたのです。今日、萌恵は、愛弥がデザインし縫い上げたウエディングドレスを着て皆の前に座っています。愛弥がデザイナーとしてやっていくには無理なのかと考えていた時に、萌恵から「ドレスを作って」と頼まれたのでした。
萌恵の従兄・慶介のスピーチとその境遇
萌恵の従兄、慶介は農家を営むシングルファザー。幼い娘を育てながら、有機野菜を作っています。話すのが苦手な慶介はスピーチを頼まれ、ドギマギしながらも訥々と言葉を重ねます。慶介の妻は自分が知らない男に会いに行き、事故に遭って亡くなったのでした。自分が幸せだと思っていたのは何だったのか。妻は不幸だったのか?そんな思いが慶介の頭の中を巡ります。そんな慶介に萌恵は「慶にいちゃんには野菜と桜ちゃんが遺っているんだよ」と言葉をかけたのでした。
人の感情の機微に聡く、ちょっとやそっとでは折れない強い芯を持つ萌恵。しかし、時折見せる影のような部分も持っています。それは果たして何なのでしょうか。
新郎・泰樹の友人、真澄の胸に渦巻くもの
一方、新郎の泰樹は若い頃やんちゃをしていたようです。傷害罪で服役していた友人・真澄も披露宴に呼ばれ、しかもスピーチを頼まれ、緊張しています。前科もあるし、緊張しまくっているし、読んでいる方も大丈夫かな?とハラハラしてしまいます。しかし、真澄のスピーチもたどたどしくありますが、泰樹と友達でいることができて良かった、という思いが伝わってきます。そして、こんな自分に未来なんてあるわけないと思っていたのが、スピーチをするうちに少しだけ先を見ようとするのです。
萌恵の育ってきた境遇とは
高校時代は困った時にスッと現れ、欲しい言葉をくれるような女性。社会人時代は、ハッキリとしたコンセプトを持って仕事に取り組んだ女性。そんな萌恵がどのような子供時代を送ったのかは、後半に明らかになっていきます。幼い頃に実の母親が家を出て行ってしまい、母親の妹に育てられた萌恵。実の母と育ての母に対して複雑な思いを抱いています。
萌恵の結婚観と家族観
そんな萌恵の結婚とは恋愛の延長ではなく、あくまでも二人で、家族を築いていく「きっかけ」に過ぎないのです。実の母が恋愛に走ったこと、育ての母の愛が時に重く感じること。いろんなことが消化しきれずに澱となって沈んでいる部分もあるでしょう。しかし、いろんな愛情を見てきたからこそ、自分が持っているもの、必要とするもの、目指すものが明らかになったのではないでしょうか。
まとめ
良い結婚式は、温かさに溢れ、皆の祝福の気持ちが会場を明るく気持ちの良いものにしてくれます。萌恵と泰樹の行きてきた道と、これから進もうとしていることが、皆をそうした気持ちにさせてくれるのでしょう。
「あたし、生まれてきてよかった。」
この一言が、深く、深く染み込むのです。人生は複雑に絡まり合い、時に難しい局面もあるけれど、愛はどこかに必ず存在するし、それに気づけることが最高に幸せを感じる瞬間なのではないでしょうか。そうした最高の瞬間がそこかしこに散りばめられた、感動の物語です。
本やイラストレビューが気に入っていただけたらポチッとお願いします。
コメント