医者の使命を疲弊させてはならない

『ディア・ペイシェント 絆のカルテ』

南 杏子(著)  幻冬舎文庫

あらすじ

半年前に佐々井記念病院の常勤内科医になった千晶。「患者ファースト」を謳うこの病院では、コンビニ診療を希望したり、医者の判断にキレたりと様々な患者が訪れ、医師たちを疲弊させていた。そうした状況の中、千晶の前に、嫌がらせを繰り返す座間という男性患者が現れた。身も心も疲れ果てる毎日を過ごす千晶の唯一の心の拠り所は、先輩医師の陽子。しかし彼女もある医療訴訟を抱えていた。

「患者ファースト」の病院で求められる医師とは

大学病院から民間の病院へと移った三十五歳の内科医、千晶。事務局での「患者ファースト」の方針が導入されてから、「患者様」と呼びかけ、「患者様」の話は真摯に聞くことを徹底されます。それは一人当たりの診療時間が伸びることを意味し、待たされる患者の不満は募りますが、その対応も医師が何とかしろと言わんばかりの事務局。

夜間はモンスター患者が多くやってくる

そんな病院には様々な患者が訪れます。夜間に訪れる患者は特にクレーマー度が高いのだとか。明るいうちに被っていた仮面が、夜の闇に紛れて外されてしまうのでしょうか。千晶が夜間当直となった夜にもそんな患者がやってきます。痛みを訴えるヤクザっぽい男性は薬品のペンタジン常習者。依存性はないけれど、激しい痛みが緩和された時の記憶が強く残り、腰や腹が痛いと言っては痛み止めを打てと要求します。

そして一見どこも具合が悪そうに見えないサラリーマン風の男は「花粉症の薬をもらいに来た」のだと言います。昼間は時間が取れないし、混み合っているから処方箋だけでもサッと書いてくれと。これには流石に千晶も唖然。読んでいる自分も口あんぐりです。命に関わるような状態の患者が運ばれてくる横で、よくもこんな要求ができるなと。

こうした患者たちの対応も、順次判断してさばいていきます。千晶も、先輩の陽子に電話で意見を仰いだりしながら処置をしていきます。ほぼ眠らずに当直を終え、帰宅しようとすれば玄関先で認知症の患者と出会い、ベッドへと連れ戻したりも。

内科医・千晶の前に現れる不気味な男性患者

常に頭の中は患者のことでいっぱいである千晶や、同僚の医師たちには本当に頭が下がる思いです。しかし、そんな千晶の前に座間という患者が現れます。千晶が当直の夜に、病院のマニュアルや千晶のペンライトを盗んだり、病院の花壇を荒らした疑いがありますが、はっきりとした証拠はなく、千晶に話しかけてくる様子はかなり不気味です。

座間はネットの掲示板に千晶の悪評を書き続けていたのです。千晶には身に覚えのない内容ですが、病院内の会議で事務局側に問い詰められてしまいます。何故、座間は千晶に嫌がらせを続けるのか。そして事務局が主張する患者ファーストをすることで、本当に必要な患者に手が行かなくなる現実をどうしたら良いのか。病院内の医師たちも不平と疲労で崩壊寸前に…。

医師と医療行為、そして患者との関係

医師は患者の病気を看て、その病状や診療方法を伝えます。病を受け止める患者や家族の中には、動転して事実を認められず、怒りとなってその矛先が医師に向かうことがあります。それは、診療時の罵倒であったり、医療訴訟という形になって現れることもあります。

ただ、その医療行為の中には「どうしようもなかった」という状況もあります。その如何しようも無い状況から失った命、やり場のない怒りや悲しみが患者の家族に生まれることは当然あるでしょう。しかし、医師は判断ミスが許されない場で、ギリギリの状態で全力を尽くし、命を守ろうと奮闘していたのではないでしょうか。

まとめ

内科医である以上、訴訟覚悟で臨んでいる。そんな状態にまで医師を追い詰める病院の医療体制や、患者の態度。眠れず、休めぬ状態で、間違ってはいけない判断を迫られる医師の現状。そうした中で医師としての「患者を救いたい」という柱の部分を持ち続けるべく、病と、時に患者と、そして職場と、医師たちは常に戦っているのではないでしょうか。そんな医師の思いを疲弊させてはならない。そう感じた物語です。

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