映画『正欲』のレビューです
朝井リョウさん原作の『正欲』が新垣結衣さん、稲垣吾郎さん主演にて映画化されました。
今回試写会参加の機会をいただき、見てまいりました。
原作では声を失うほどの衝撃を受けましたがさて映画はどうでしょうか。
※本レビューではネタバレを含みます
あらすじ
不登校である小学生の息子を持つ父親。
一生家族を持つことも、他者と恋愛することはないと感じている女性。
その女性と同じ性的指向を持つ、かつてのクラスメイトの男性と大学生男子。
男性恐怖症の女子大学生。
それぞれの環境の中で生きづらさを感じている彼らが出会う絶望と希望を描きます。
物語の流れ
原作ではある登場人物の独白から始まります。
登場人物たちがそれぞれ暮らす状況を描き、新聞配達員の藤原悟が蛇口を盗み「水を出しっぱなしにしているのが嬉しい」と発言した、という事件が鍵となり、すべての登場人物と関わっていくというミステリ的な展開でもあります。
映画もほぼ忠実に再現していると言っていいかと思います。
それぞれの登場シーンが、登場人物名から始まることも小説と同じですし、わかりやすい。
現在と過去、広島と横浜など時系列や場所を変えて場面が進んでいきますが彼らの関係がすべてまとまった時、ハッとさせられます。
小説と比べると登場人物の背景や設定など若干省略されている点は当然あるのですが、違和感はありません。
映像化により強く印象に残ったシーン
映像化されることで印象に残ったシーンは二つあります。
一つは男性恐怖症の女子大生、神戸八重子が唯一恐怖を感じない男性・諸橋大也に対し意を決して関わろうとするシーン。
男性嫌いなのに大也は好きだという、自分の中で相反する自分がキモい、という吐き出すようなセリフが心に刺さりました。
自分という人間は誰にも理解されないとわかっているからむしろ関わるな、と自分の殻にこもろうとする大也ですら「そんなことはない」と思わず発言してしまうような、そんな自分の内部の矛盾した葛藤に苦しむ様子がギュウッとつまった『自分がキモい』でした。
二番目に印象に残ったのは特別な絆を持つ夏月と佳道のベッドシーンです。
セックスって、そのこと自体に興味がなかったり対象が異なる人にとってはどうでもいいことなんですよね。当たり前なのですが。
だけど、その興味のない二人が、興味がなかったからこそすることのなかった二人がどんな形であれ行為することで世間一般の普通の人々と同じ立場になれた。
そんなささやかではあるけれど、これまで得ることのできなかった彼らの喜びが伝わってきて胸が熱くなりました。
作品全体を通しての『水』の表現
そして、全体を通して大事なファクターとなる『水』の使われた方ですが、これは映像だからこそ伝えられる表現であると感じます。
水の動き、流れ、感覚に特殊な喜びを感じるシーンは、詩的でもあり、エロスもあり、そしてどこか抑えた部分もある。精錬された喜び、とも受け取れました。
未知の世界へアンテナを向ける
この作品は、多くの方にとって未知との出会いになるかと思います。
理解できない場合は一般的な世間代表として登場する稲垣吾郎さん演じる寺井啓喜に自身を重ねてみるといいかもしれません。
彼は悪役ではなく、ごくごく一般的な普通な社会人であり家庭の父親であります。
マイノリティへの理解の困難、社会一般グループから脱落することへの危機感などどれをとっても『正解』で、悪意を持った発言ではありません。
しかしマイノリティ当事者に対してその発言はどう刺さるのか。
それができないから自分は欠陥のある人間と認識していて苦しんでいるというのに。
自分は当事者に対して同じような発言を、態度を取っていなかったか?
とここでもハッとさせられるのです。
鑑賞後の感想はSNSへ
この作品は、見た後に『ここがおもしろかったね』と語り合う類のものではないかもしれません。
ですがそこかしこに、自分はこんな態度で言葉で誰かを刺していなかったか、知らない間にこんな風に傷ついたり絶望していた人が周囲にいたのではないかと胸の内で考えてしまうのです。
鑑賞された方は、SNS上などでぜひ一言でも感想をあげていってほしいと思います。
多くの視点が集まることで、うわべだけの多様性から、実際に苦しみながら生きるマイノリティのリアルに思いを馳せる人が増えていくことを願ってやみません。
さらに深く『正欲』の世界へ踏み込んでみよう
映画を先にご覧になった方は、のちほど小説を読まれることをお勧めします。
登場人物たちの背景、特に八重子が男性恐怖症になった理由や、寺井が妻に欲望するタイミングなど、映画の中では表現しきれなかった情報があり、もしかした映画よりも衝撃を受けるかも…。
映画『正欲』は2023年11月10日(金)全国ロードショーにて上映されます。
朝井リョウ氏原作『正欲』のイラストブックレビューはこちらからご覧いただけます。
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