『ロマンシエ』 原田マハ(著) 小学館文庫
あらすじ
アーティストの卵、遠明寺美智之輔は同級生の高瀬君に密かに思いを寄せる乙女な男子。募る恋心を表に出すことなく、美大を卒業後、単身パリ留学へと向かう。美智之輔はバイト先のカフェで羽生美晴という印象的な女性と知り合う。何と彼女は美智之輔が愛読する超人気小説の作者だったのだ。彼女が身を置いているというリトグラフ工房を訪れた美智之輔はその空間に魅了される。一方美晴ことハルさんが実は大変な状況になっており、力になることを決意した美智之輔だが。
親から結婚を押し付けられ、逃げるようにパリへ留学
政治家を父に持つお坊っちゃまで、おしゃれには余念のない青年・美智之輔。親から政治家になる未来を押し付けられながらも必死に抵抗し、ようやく美術大学へ入学。しかし、その卒業後、猿政治家の娘と結婚しろと父親に迫られ、絶妙のタイミングで決まったフランス留学のおかげでひとまずその危機は脱したのでした。
自分の感性のおもむくまま、のびのびと過ごす美智之輔
さて、フランスへやってきた美智之輔は思う存分自分の感性を発揮させます。大好きな街にときめき、自分のお気に入りのインテリアと洋服でのびのびとした暮らしを送ります。油断すると乙女の言動と態度が表に出しまうため、日本では必要以上に男らしく振る舞うように気をつけていたのです。この美智之輔の暴走する妄想が、若くて見た目美しい青年であることも相まってとても可愛らしくて、つい微笑んでしまいます。
大好きな小説を読むときには乙女が全開状態
美智之輔が高校生の頃から愛読しているのが『暴れ鮫』というハードボイルドな小説。略して『アバザメ』の新刊が出るといてもたってもいられなくなり、本を手にすると心臓をドキドキさせながら『きゃあ~~ かっこいい(はあと)』みたいな感じで読んでいるのです。可愛い(笑)。
こんなに物語にのめり込んで読める美智之輔が羨ましくなってしまうほど。とにかくアバザメは美智之輔にとってはなくてはならない物語なのです。
憧れの作家と出会ったのは魅了される空間
そんな物語の作者とふとしたきっかけで知り合った美智之輔。もう神に会ったも同然で、卒倒しそうな勢いで興奮しまくります。その著者である美晴ことハルさんがいるリトグラフ工房。ここはかつてピカソやシャガール、コクトーも同じ機械の前で、同じインクの匂いを嗅ぎ、制作に関わった場所。その事実に、身体中が沸き立つような思いに包まれる美智之助は、やはり根っからのアーティストなのかもしれません。
作家、ハルさんと美智之輔の関係
ハルさんは新連載が始まるこれから、という時に「もう書かない」と言います。そして、それを許さじと追いかけてくる編集者から身を隠している最中なのでした。一見、女装した男性?のような見た目のハルさんと、乙女系おしゃれアート男子の美智之輔。互いに芸術を生み出す鋭い感性の持ち主でありながら、その大きなものを抱えるあまりに脆さも持つ二人です。
偉大なる作家とその熱烈なファン。感性を刺激し合う関係。互いの力になりたいという思い。二人の関係は、単純な男女を超えて、互いが一人で立つために大きな力となる存在であるかのようです。
テンポの良い展開、そして芸術家の情熱と絶望
物語は美智之輔の乙女全開の妄想と、ハルさんを追いかける編集者たちとの攻防でテンポ良く進み、大いに笑い、ハラハラさせてくれます。そして不意をついて、創り出すものゆえの苦悩や痛みを私たちに見せるのです。そして彼らを見守るかのように、大きく包み込むアートの存在。それぞれがバランス良く混ざり合い、著者の強い言葉で持って私たちの深い部分に訴えかけてくるのです。
まとめ
心を揺さぶる物語や絵画、空間、人との出会い。それらが織りなす化学反応は、何ものにも代えがたい奇跡のような幸福をもたらすもの。そんなことを感じさせてくれる物語です。
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