『銀の猫』 朝井まかて(著) 文春文庫
あらすじ
嫁ぎ先から離縁され、長屋で母と二人暮らしのお咲。口入屋の紹介された先で、老人の世話をする「介抱人」として働いている。年寄りの数だけ、老い方もある。苦労に耐えない仕事だけれど咲にはこの仕事を続ける理由があるのです。長寿の町、江戸の人々を描く物語。
お咲が務める「介抱人」という仕事
二十五歳のお咲は、嫁ぎ先から離縁されました。お咲が勤める「介抱人」は、現代のホームヘルパーといったところ。口入屋を通して依頼のあった家に出向き、身の回りの世話などをします。老人の体調や様子を注意深く観察、理解して、動くことを勧めてみたりもします。
下の世話をしたり、移動する時には肩を支えてやったり、また体調や行動に不安がある老人も多いため、泊まり込みで介護し、寝不足になることも。夜勤日勤連続の看護師のようでもあります。若いのに、しっかりとしていて頼れる介抱人です。このお咲が介抱人として人気があるのも頷けます。
江戸時代の介護事情
物語は8つに分かれた連続短編集。それぞれのお話に、お咲が世話をすることになる老人が登場します。江戸の町は、若い頃に流行り病などで亡くなる者もいるのですが、ある程度歳を経れば長生きをする人間が多いのだとか。また、親の介護をするのは「息子」なのだそうです。意外ですね。親の面倒を見るのは、その家を継ぐ者の務めであるのだそうです。
とはいっても、老いた親の息子たちは働き盛りだったりします。妻に任せる者もありますし、自身ではやりきれない者たちも。そういった家に介護の助けとして入るのがお咲なのです。呼ばれて行く家には何かしら問題があります。それは老いた親の介護ではなくて、夫婦の問題であったり、何か別のところに問題が存在していることもしばしば。
お咲はそのお宅に口を出すことは許されません。老人のお世話について、一言繋げようとしただけでも、相手にキレられることもあるのです。それだけ介護する側の人間が追い詰められているということです。これは今の時代でも同じことですね。
お咲の心の支えとなっている者
介護をしても家族になじられ、時には老人にもキレられたりと、精神的にも肉体的にも辛い思いをしているお咲。そんな彼女が仕事を続ける支えとなっているのは、離縁された先の義父がくれた銀の猫の根付けです。介抱人をやろうというきっかけを与えてくれたのは、針のむしろのような嫁ぎ先でたったひとつのオアシスのような優しさを持った義父でした。義父の介護をしたことで、老人の心に触れ、寄り添い、力になれることに喜びを感じたのでした。
お咲を悩ます人物
こんなにも真面目でしっかりとしたいい娘のお咲なのですが、実は困ったことがあります。それは妾奉公を繰り返して生きてきた母の存在です。妾として生きてきた人ですから、家のことは一切しません。いつでも身ぎれいに自分を整えて、近所の人には愛想ひとつ見せず、お金を見つけるとすぐ使ってしまう。この母がいると思うと家に帰りたい気持ちが萎えて、どんなに体がきつくても次の依頼先へ向かった方が良いと思えてしまう…。
こうした母への確執は一向に収まる気配がなく、またその怒りが仕事へのエネルギーになることすらあるお咲。お咲がそうなってしまうほどの毒気を持った母と言って良いでしょう。むしろ、そこまでして面倒見なくちゃいけないの?元気で色気を振りまいているような母親なのに?とお咲に共感しまくりです。そして、その母と「一緒になりたい」という男が現れて…。
まとめ
人が老いて行く様子は様々です。これまで生きてきた誇りや常識を手放していく者、逆にしがみつこうとする者。意思の疎通すら儘ならぬようになっていく老人とのやりとりから見えるのは、人と人との間は理解したりされたり、またそれらができなかったりの繰り返しだということ。親と子でさえ、分かり合える時期なんてそう多くないのです。だからこそ、今この時、長く生きてきたこの老人と過ごすこのひと時を大切に噛み締めていきたい。そう思わせてくれる物語です。
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